イトウはなぜ「幻の魚」か

減少の一途をたどるイトウ

イトウは「幻の魚」とロマンをこめて語られます。謎の多い魚、という意味では確かにロマンがありますが、めったに出会えない魚、という意味では決して喜ばしいことではありません。かつてイトウは、北海道全域の42水系、青森県の2水系、岩手県の1水系で生息が記録されていました。しかし現在、青森県や岩手県では生息の報告がなく、北海道でも安定的に生息している河川はわずか6水系で、存続が危ぶまれている5水系を合わせても11水系にすぎません。こうしたことから環境省のレッドリスト(2007年)は絶滅危惧IB類(近い将来絶滅の危険性が高い種)に、また北海道レッドデータブック(2001年)では絶滅危惧種に指定しています。国際自然保護連合は2006年、もっとも絶滅の危険度が高いとされる最上位のCRに指定しています。私たちはこの危機をただ指をくわえて見ているのではなく、現在生息している水系を守り、イトウが安定的に生存できるよう、努めています。

イトウの生活域を遮断する河川構造物

イトウ減少の原因のひとつに、河川構造物があげられます。「イトウの生態」でご紹介したように、一生に何度も産卵するイトウは、産卵の都度に上流部から河口部、汽水域まで移動を繰り返します。イトウは川のすべてを使って生活する魚なのです。ところがその途中に障害物ができると、イトウは川を上ることができなくなってしまいます。

イトウは勾配のなだらかな湿原河川に生息することから、イトウ生息河川に数多くの大型ダムが作られることはありませんでしたが、落差1m前後の落差工や、林道工事にともなうカルバートなど、比較的小規模な河川構造物が膨大な数で築かれてきました。これにより、イトウは産卵場所である上流に行き着くことができなくなり、イトウの群れは小さくなり、そのままではやがてその川から絶滅することになります。

産卵場所を奪う河川の直線化

イトウが生息している河川とすでに絶滅した河川の地形を比べてみると、おもしろいことに気づきます。それは、イトウの棲む川は、勾配の緩い湿原や平野を、なだらかに、ときには蛇行しながら流れる大きな川、ということです。川は蛇行することにより側面を浸食し、瀬淵という起伏を生み出します。この淵から下流の水深の浅くなる瀬にさしかかる部分こそ水量も多く、イトウの産卵床に例外なく当てはまる必須の場所です。河川改修が行われ川が直線化すると、この瀬淵がなくなり、イトウは産卵場所を失い、稚魚は姿を消すことになります。

失われる河畔林

樹木の葉が川を覆うように生い茂る河畔林がある淵は、イトウの稚魚の揺りかごです。落ち葉などの有機物を栄養に水生昆虫が育ち、稚魚のエサとなります。倒木が水の流れを遮ることによってできた深い淵なら、稚魚の格好の隠れ家です。また生い茂った葉が木陰を作り、夏の暑い日差しを遮ってくれます。

治水の観点から河川改修が行われ、大切な河畔林が失われると、イトウの稚魚の生育環境は著しく悪化します。

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