イトウの生態

イトウの最大記録は、体長2.1m

わずかに濁りの入った川に目を凝らすと、ゆったりと体をくねらす巨大な魚影。引き締まった体はパワーを秘め、「湿原の王者」にふさわしく、悠然と周囲を睥睨しています。王者の名は、イトウ。イトウとは、一体どんな魚なのでしょうか。

イトウはサケ科イトウ属に属する、日本最大の淡水魚です。成魚では体長1mを超え、体重は最大で45kgにも達します。日本では昭和12年に、十勝川下流で体長2.1mのイトウが捕獲されたことが、最大記録として残っています。その巨体で他の魚や水面に落ちたネズミ、ヘビも食べてしまう獰猛性や精悍な面構えから、漢字では「魚偏に鬼」と書きます。いかにも「伝説の巨大魚」をイメージさせる文字ですね。

イトウはイワナ属の近縁とされていますが、他のサケ科魚類に比べ体長の割に体高が低く、スリムに見えます。そして口が大きく頭部背面が扁平で、斑紋も異なることから区別することができます。寿命は15~20年以上ととても長いことも大きな特徴。川の上流で生まれ、成長するほど下流へ移り棲みます。

成長とともに海に降りるイトウ

イトウ属の魚はユーラシア大陸などに5種類いるとされてます。その同属の魚は海に降りず川で一生を過ごすのに対し、イトウだけは唯一、他のサケ類のように一時期を海で生活します。

これまでの報告から、少なくとも道北のイトウは3歳程度で生活の場を汽水域や沿岸部に移し、春のわずかな期間のみ産卵のために川を上り、産卵後は再び川を下るという生活を送っていると思われます。しかし、生涯に何回降海を繰り返すのか、海で何年あるいは何カ月を過ごすのか、すべてのイトウが海に降りるのか、などまだまだ多くの謎が残っています。なお、一方でダム湖には生涯一度も降海することなく、繁殖を繰り返しているイトウも確認されています。

イトウの産卵と成長

イトウの産卵期は、日本産サケ科の魚では唯一、春です。4月から5月ころ、雪解けの増水が引き始めるころ、河川の上流部に向けて一斉に遡上を開始し、上流部で産卵床を掘って産卵します。産卵の期間は短く、それぞれの河川でおよそ2週間ほど。卵の数は2,000~10,000粒で、卵を1カ所にすべて産まずに、複数の淵尻に産卵床をつくり、分割して産卵します。これは産まれてきた稚魚たちが同じ場所でエサを取り合わないようにするための、イトウの知恵。サケなどのように1回の産卵で寿命を終えることはなく、生涯に何回も産卵を繰り返えすことも、イトウの大きな特徴です。

7月から8月にかけて産卵床から出て泳ぎ出してきたイトウの稚魚は、体長2~3cm。淵の岸沿いなど、浅くて流れがほとんどないようなところで、水生昆虫の幼虫を食べます。稚魚はやがて流れの中心部にも行動範囲を広げますが、ヤマメが水生昆虫をすばやく捕食しているのに対し、イトウの稚魚の動作ははるかに緩慢。そのため彼らはヤマメよりも下流に退いた淵尻あたりで、底に沈んだ有機物や流れてくる水生昆虫を食べます。

こうした草や木が水面を覆い、流れがほとんどない淵尻で2年ほど過ごすと、体長は15cmくらいに成長します。このころから水生昆虫に加えて小さな魚も食べはじめ、5年目の30cmを超えるころからはほとんど魚食性となります。他のサケ科魚類と比べると成長ははるかに遅く、1mを超えるには15年はかかるだろうといわれています。それだけに大人になるのも遅く、成熟年齢はオスで満4~6歳(体長約40cm)、メスで6~8歳(体長約60cm)です。

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